国内では稀な感染症であるダニ媒介性脳炎ですが、2016年7月に2例目が北海道で見つかりました。もともと世界ではヨーロッパやロシアを中心に感染者が多く、ワクチンなども存在しています。感染すると重い症状になる可能性があり、注意が必要です。ダニ媒介性脳炎についてまとめました。

更新日:2017年10月05日

この記事について

監修:豊田早苗医師(とよだクリニック院長)

執筆:当サイト編集部

ダニ媒介性脳炎とは

ダニ媒介性脳炎とは

ダニ媒介性脳炎はウイルス感染症で、日本脳炎などと同類のウイルスによる感染症ですが、日本脳炎と異なり蚊ではなく、マダニによって感染します。

感染症法では四類感染症として、感染症法の施行令に規定されていて、感染する髄膜炎や脳炎といった重い症状があらわれることがあり、死亡に至るケースもあります。

世界では多くの感染者がいますが、日本国内の感染者は、1993年と2016年に1例、2017年に2例の報告があるだけで、とても稀な感染症といえます。

また、ワクチンはあるものの日本では承認されていませんので、ダニにかまれる恐れがある場合には注意が必要です。

ここでは、ダニ媒介性脳炎についてポイントとなることをまとめました。(まとめにおいて参考にした文献等は最後に掲載してあります。)


 スポンサードリンク


原因のウイルス・感染経路

ダニ媒介性脳炎のウイルスは「フラビウイルス属」というものに分類されるもので、これは、日本脳炎やデング熱などと同類の病原体となります。

ウイルスはマダニや、げっ歯類(ハツカネズミなど)が保有しています。

人への感染経路は、概ね次のようになります。

  1. げっ歯類の中でウイルスが増加する。
  2. マダニはそのげっ歯類を吸血し、ウイルス保有する。
  3. 人がそのマダニに刺されたり、噛み付かれたりすることで感染する。

その他にもウイルスに感染したヤギ・羊・牛の乳を殺菌しないまま飲んだ場合、殺菌していない生乳から作られたチーズからも、人へ感染する可能性があります。

人から人への感染について

人から人へ感染する可能性はほぼありませんが、非常にまれに感染者からの輸血や授乳によって、うつることがあります。

種類

ダニ媒介性脳炎には種類があり、主なものは次の2種類です。(詳細は後述)

  • ロシア春夏脳炎
  • 中央ヨーロッパ脳炎

世界の発生状況

世界の発生状況

国内ではとても少ないダニ媒介性脳炎ですが、世界ではかなりの患者数がいます。

感染者の集計を始めた1990年以降、毎年6000人以上の人が感染していて、多い年は10,000人前後にも上っています。

発生している地域は主に、ヨーロッパからロシアにかけてで、中央ヨーロッパ型はスウェーデン、ポーランド、チェコ、オーストリア、ハンガリーなど、そして、ロシア春夏脳炎はロシアの広い範囲に分布しています。

なお、2001年にオーストリアで日本人が感染し、死亡した事例もあります。

症状

マダニに咬まれた場合は、7日から14日程度(早いと2日、長いと28日程度となることもあります。)の潜伏期間を経て症状が現れてきます。

また、マダニからではなく、ウイルスに感染しているヤギや羊などの生乳(乳製品)を飲んだ場合の潜伏期間は短く、3日から4日程度となります。

なお、感染者の約2/3は、感染しても症状が出ない不顕性感染と言われています。

中部ヨーロッパ脳炎とロシア春夏脳炎に分けて症状を見ていきます。

中部ヨーロッパ脳炎

中部ヨーロッパ脳炎

中部ヨーロッパ脳炎の場合は、2段階に分けて症状がやってきます。

最初の段階では、インフルエンザに似た症状が現れ、38度以上の高熱や筋肉の痛みを感じます。これは通常1週間から10日程度続きます。

2/3の人はここから回復していきますが、残りの1/3は次の段階へ移っていきます。

次の段階へ移るまでには、3日から30日程度の無症状の期間が続くことがあります。

そして、次の段階になると、けいれん、めまい、知覚の異常、40度以上の高熱などが現れ、脳炎、髄膜炎、髄膜脳炎といった中枢神経に関わる症状となります。また、麻痺の症状は20%以下の頻度で見られます。

なお、髄膜とは脳を保護する膜であり、脳と頭蓋骨の間に存在しています。この髄膜や脳、その両方が炎症を起こすことを、脳炎、髄膜炎、髄膜脳炎といいます。

致死率や後遺症について

中部ヨーロッパ脳炎発症者の致死率は1%から5%程度で、麻痺などの後遺症は数十%で見られます。

ロシア春夏脳炎

ロシア春夏脳炎

ひどい頭痛や吐き気、発熱から始まり、ここから回復する場合もありますが、このまま症状が進行すると、髄膜脳炎になっていきます。けいれんや麻痺に加えて、昏睡状態や精神錯乱の症状が現れることがあります。

ロシア春夏脳炎は、中部ヨーロッパ脳炎のように1段階が終わり、一旦症状がなくなってから2段階目に進むのではなく、段階がなく症状が現れます。

致死率や後遺症について

ロシア春夏脳炎の致死率は20%とも30%とも言われ、中部ヨーロッパ脳炎と比べると高くなります。

また、回復しても麻痺が残る例が多くあります。

大人と子どもの感染について

大人も子どもも感染しますが、比較すると大人の方が重く、子どもは比較的軽い傾向にあります。

子どもの場合は、脳炎になることは少ないのが特徴です。また、後遺症も子ども方が少なくなります。

日本の感染例について

日本では北海道の一部において、感染者が見つかっています。(1993年、2016年に1例ずつ、2017年に2例)

1993年に北海道で感染した例については、高熱、頭痛などの症状から始まり、歩行障害やけいれん発作が現れ、入院治療を行い、翌年に退院しましたが、麻痺などの後遺症が残りました。

免疫などの検査により、ロシア春夏脳炎ウイルス、もしくはその類似ウイルスが原因と推定されています。

なお、1995年に発生区域において、犬を10頭放し飼いにしてウイルスの保有を見たり、マダニやネズミを捕獲したりして、ダニ媒介性脳炎のウイルスの調査などを行っています。この調査では一定のウイルスが見つかっています。

また、2016年7月中旬には海外へ出たことのない男性が北海道で感染し、8月に死亡しています。2017年にも、北海道内で渡航歴のない方がマダニに咬まれて、ダニ媒介性脳炎を発症しています。

人と動物の共通感染症研究会 ダニ媒介性脳炎の国内外での状況

予防接種・ワクチン

予防接種・ワクチン

ダニ媒介性脳炎には不活化ワクチンの予防接種が存在します。

ヨーロッパでは2社が作ったワクチンの利用が可能となっていて、中部ヨーロッパ脳炎とロシア春夏脳炎に効果があります。

一定の期間を開けながら3回ほど接種し、3年後や5年後にも追加で接種していきます。

なお、ワクチンには生ワクチンと不活化ワクチンがあり、生ワクチンは毒性を弱めたウイルスを接種するもので、不活化ワクチンはウイルスの毒性をなくして、免疫をつけるために必要な成分だけにしたものです。

日本では承認されていないワクチン

ヨーロッパでは接種されているワクチンですが、日本では承認されていません。

日本国内でワクチンを接種したい場合は、輸入ワクチンを扱っている医療機関等へ相談してみるといいでしょう。

【参考】国立国際医療研究センター

また、日本から海外に行く場合で、ダニ媒介性脳炎が流行している地域に行く場合には、検疫所で健康相談などを行っているので、相談するといいでしょう。

全国の検疫所(FORTH厚生労働省検疫所)

マダニ対策・予防法

マダニの予防法

日本国内ではほとんど感染者がいない、ダニ媒介性脳炎ですが、他の病気に感染することも考えられますので、十分な対策が必要です。

マダニは、通常は家の中などの整理された場所には住み着きません。牧草地、森林、沢の斜面、草の生い茂った場所などに生息しています。

また、ダニに刺されたとしても、感染が流行している地域以外では大きな心配はないと考えられます。

ダニが生息している場所へ行く場合の服装などについて

感染予防という観点でなくとも、ダニに刺されないように予防することは大切ですので、予防策をまとめておきます。

  • 直接肌が外に出ないようにし、長袖、長ズボンを着用する。
  • 袖や裾は、口が狭いものを選ぶ。
  • サンダルは履かず、足を覆い隠せる靴やブーツを着用する。
  • 薄い色の服を着用する。(ダニが付いていることがわかりやすくなる。)
  • マダニがいる場所に座ったり、寝転んだりしない。
  • DEET(ディート)などの成分が含まれる虫除け剤を使う。(露出している皮膚、頭、腰、脇、足、服などにつける。)

国立感染症研究所 マダニ対策

なお、DEET(ディート)は人に対する副作用が問題になることもあります。重篤な副作用はないようですが、子どもさんへの使用については、厚生労働省から次のような内容が示されていますので、注意してください。

  • 6か月未満の乳児には使用しないこと。
  • 6か月以上2歳未満は、1日1回
  • 2歳以上12歳未満は、1日1~3回

ディートを含有する医薬品及び医薬部外品に関する安全対策について(厚生労働省通知)

DEET(ディート)を含む医薬品などにおける副作用の報告(平成22年度第2回薬事・食品衛生審議会 医薬品等安全対策部会 安全対策調査会(厚生労働省)資料の一部

マダニが付いていた場合

マダニが付いていた場合

マダニを発見した場合には、次のような注意が必要です。

  • ダニはペットなどに寄生しますので、ダニを見つけたら咬まれないよう注意して、動物病院などに相談する。
  • マダニが生息しているような野外で活動した後には必ず入浴して、刺されていないことを確認する。
  • 特に頭、腰、乳房下、わきの下、足指につきやすいので注意して確認する。
  • マダニが噛み付いてそのまま皮膚に食い込んでいることがある、この場合は下手に取ろうとすると、マダニの頭の部分が残ったりするので、皮膚科などで除去してもらう。
  • マダニの体や体内には病原体が存在していることがありますので、マダニを潰したりしないように気をつける。
  • 自分で取ることができる場合であっても、手を使わず毛抜きや細いピンセットなどを使って、マダニの口を破壊しないよう、皮膚に近い場所で掴んで、ゆっくりと上に持ち上げる。
  • 咬まれた傷は水でよく洗い、消毒する。

海外での注意点など

ダニ媒介性脳炎が流行している地域に行く場合には、次のことに注意します。

  • 該当する地域・場所では、未殺菌の乳製品(牛乳やチーズなど)を口にしないようにする。
  • 同様に流行する地域では、ワクチンを接種する可能性がある。
  • 該当の地域から日本へ帰国した際に、発熱を伴う症状がある場合は、検疫所の検疫官に相談する。
  • 該当の地域で病院などへ行く場合、血液のついているものを触れないことなどに気をつける。


 スポンサードリンク


治療法

特別な治療法というものはないので、症状を軽くするための治療が行われます。

ただし、マダニに刺されてからすぐにガンマグロブリンを投与すれば、発症予防の効果があるとして、ロシア製のガンマグロブリンが投与されることがあります。

※ ガンマグロブリンとは、血液中のタンパク質でウイルスや細菌に対する抗体で、ウイルスなどの病原菌の働きを抑えてくれるものです。

ダニが媒介する他の病気

ts_SF048_L

日本紅斑熱

日本紅斑熱リケッチアという細菌が原因となる病気で、マダニから感染します。人から人へは感染しませんが、感染すると1週間程度で高熱や発しんが出て、死に至ることもあります。真冬以外の季節に感染する可能性があります。

重症熱性血小板減少症候群(SFTS)

SFTSウイルスというウイルスによって発症する病気です。やはりウイルスを持っているマダニから感染するもので、2011年に特定された比較的新しいウイルスになります。

感染経路はマダニだけでなく、感染した人の血液などからの感染もあるようです。感染してから6日から2週間程度してから発熱や倦怠感、食欲低下、嘔気、下痢などの消化器に関する症状が現れ、最悪の場合、死に至ることもあります。

日本国内では広く生息しているマダニから感染する可能性があるので注意が必要です。

2017年、野良猫を保護しようとした西日本の女性が猫に咬まれて、SFTSを発症、死亡した事例が日本で初めて報告されました。近年、犬や猫などのペットからのマダニの検出が数多く報告されており、厚生労働省は、屋外に出す猫、犬については、ダニ駆除剤等を使用するなど注意喚起を行っています。

重症熱性血小板減少症候群(SFTS)について(厚生労働省)

国外で発生している病気

ライム病

ヨーロッパ、北米、アジアなどで発生しています。

症状は幅広く、無症状の場合もあり、皮膚病、髄膜炎などになってしまうこともあります。治療としては、抗生物質が効果的と言われています。

クリミア・コンゴ出血熱

アフリカ、アジア、中東、ヨーロッパなど広い地域に現れています。動物と接する仕事をする人に多く感染が見られています。

出血症状などがみられ、症状が出てから2週間程度で30%の人が死亡すると言われています。

ダニ媒介性回帰熱

アジア、中南米、北米西部、地中海などで発生しています。発熱、頭痛、筋肉痛など、風邪のような症状が出ます。

マダニ媒介性の回帰熱に関するQ&A(厚生労働省)

看護師からひとこと

ダニ媒介性脳炎は日本では認知度の低い病気ですが、国内での死亡例もありますので十分に気を付けなければなりません。

特に春から秋の時期に、森や林、草むらなどに入る場合は、ダニに刺される可能性があります。肌を露出しないように、夏でも袖のある上着や長ズボンを着用して手袋をすることや、足元もサンダルではなく靴を履くことが大切です。

参考サイト

[カテゴリ:皮膚, ]

 スポンサードリンク


このページの先頭へ