更新日:2017年09月02日
多系統萎縮症とは?
多系統萎縮症(MSA:multiple system atrophy)とは、歩くときのふらつきや手の震えといった症状が出る病気で、脊髄小脳変性症の一つに分類されます。小脳や脳幹などの萎縮する原因不明の疾患であり、医療費は公費負担の対象となっています。
パーキンソン病と同様の症状がみられることが多いのですが、発病から5年ほどで車椅子使用となり、10年ほどで亡くなることが多いのが現状です。
50歳代で発症することが多く、男性患者数は女性患者数の約2倍といわれています。国内では推計で約1万2000人の患者がいます。
近年では遺伝子レベルでの研究が進められており、今まで判明されていなかった多系統萎縮症の原因や治療法の解明・開発が行われています。
多系統萎縮症の症状
小脳症状が目立つオリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)、パーキンソン症状が目立つ線条体黒質変性症(SND)、自律神経症状が目立つシャイ・ドレーガー症候群の総称を多系統萎縮症と呼んでいます。
これらの症状は表れ方が異なるので、元々は別の病気と考えられてきましたが、脳の細胞に同じ物質(アルファシヌクレイン)がたまっているという病理的類似点が判明し、同じ病気と考えられるようになりました。
小脳症状
歩くときのふらつきや手の震えで、腕や手がうまく使えない、話すときにろれつが回りにくく言葉が不明瞭になるなどといった症状や、協調運動障害、異常眼球運動などがあります。
パーキンソン症状
筋肉が硬直して動きが緩慢になる、関節が動かしにくい、すくみ足(小刻み歩行や腕を使わずに足だけで歩く)といった症状や、固縮,運動緩慢,バランスが崩れた前傾姿勢、目の焦点が合いにくくものを追いにくいといったパーキンソン病によく似た症状が表れます。甲高く震えるような声の構音障害も特徴的な症状です。
また、多系統萎縮症(MSA)では、パーキンソン病とは対照的に、安静時振戦(静かにベッドに横になっている時などに手や足がふるえる)やジスキネジア(口唇をもぐもぐさせたり、舌を前後左右へ動かしたりねじる、歯を食いしばったりする)はあまり見られません。
自律神経症状
便秘や下痢、排尿障害(尿閉あるいは尿失禁)、起立時のめまい(起立した際に血圧が低下して起こりますが、しばしば失神を伴うので注意が必要です)、インポテンツといったなどがあります。
また、多系統萎縮症(MSA)の進行に伴って、声門開大障害による特徴的ないびきや睡眠時無呼吸症候群などを呈するようになります。発汗低下、物忘れ、呼吸および嚥下障害なども認められます。
原因や遺伝について
多系統萎縮症(MSA)では、パーキンソン病の患者さんと同様に脳内にアルファシヌクレインというタンパク質が溜まっているということがわかっています。しかし、その詳しい原因はわかっていません。
また、多系統萎縮症(MSA)はいわゆるメンデルの遺伝はしないといわれています。すなわち、遺伝子的に多系統萎縮症(MSA)が引き継がれるということはありません。
しかし、ごくまれに家族内で複数の患者がいる場合があります。このことについては調査があり、家族内で発症した患者に共通している遺伝子と、国内外の1887人の患者を健常者の遺伝子と比較した結果、次のようなことがわかってきました。
コエンザイムQ10の遺伝子が関係している可能性
サプリメントなどで人気のあるコエンザイムQ10(CoQ10)という物質があります。コエンザイムQ10は、細胞がエネルギーを生み出す際に必要となる物質で、通常は体内で合成されるものです。
近年、多系統萎縮症(MSA)の患者さんの一部では、脳組織内のコエンザイムQ10が低下していることがわかりました。(米ニューイングランド医学誌に発表されています。)
このことから、家族で複数の多系統萎縮症の患者がいる場合、多系統萎縮症そのものが遺伝するのではなく、コエンザイムQ10を体内で合成する遺伝子に変異があるのではないかと考えられています。
東京大学では、こうした患者さんを対象にコエンザイムQ10の大量服用による効果を見る臨床研究が進められています。
また、その後の研究で、東京大学神経内科の辻省次教授と研究をしていた三井純氏らが、多系統萎縮症の患者は血漿中のコエンザイムQ10濃度が低いことを明らかにしました。
しかし、多系統萎縮症には様々な遺伝子が関わっているため、コエンザイムQ10の不足によるものが原因となっているのは約1割にとどまるとされています。
結核薬の臨床研究も
また、東京医科歯科大学神経内科の水澤英洋教授のグループは、アルファシヌクレインを溶かす効果がわかってきている結核の薬「リファンピシン」を使った臨床研究に取り組んでいます。
このように多系統萎縮症(MSA)に対して遺伝子的な観点から原因や治療法の研究がすすめられています。
診断
診断のために、主に次のような検査を行っていきます。
- MRIによる脳の萎縮の検査
- 座っているときと立ち上がった後の血圧測定
- 筋肉、自律神経に関連する検査
- 血液検査
- 神経伝導速度
- 針筋電図
- 神経耳科・神経眼科的検査
- 髄液検査
- シストメトリー(膀胱内圧測定)
- 遺伝子検査など
また、パーキンソン病には効果があるレボドパという薬は多系統萎縮症には持続的な効果はほとんどないため、症状が改善した場合は多系統萎縮症ではなくパーキンソン病と考えられます。
こういった様々な検査などを総合的に考慮して診断を行っていきます。
ただし、多系統萎縮症の症状は他の疾患ととても似ているため、確定的な診断は難しいと言われていて、多系統萎縮症を確実に診断する唯一の方法は、死後に脳組織を検査することだとも言われるくらいです。
多系統萎縮症の治療
多系統萎縮症の治療は基本的には対症療法です。個々の症状を緩和するために、次のような治療が行われています。
パーキンソン症状
多系統萎縮症(MSA)では、パーキンソン病の治療薬の経口投与が試みられることがありますが、いわゆるパーキンソン病と異なり、ほとんど効果がみられないか、効果が2~3年しか持続しません。
筋肉の強さと可動性を保つため、ストレッチや運動によってできるだけ体を動かすことが大切です。腕や手首におもりをつける、歩行器をつけて歩く、一声一声はっきりと話すといったリハビリテーションが行われます。
起立時のめまい
起立時などに突然に血圧が低下するのを抑えます。塩分と水分を十分に摂取する、ゆっくり起立することが大切です。
下半身に血液がたまって立ちくらみが起きないように、足を締め付ける弾性ストッキングの利用も有効です。血圧を調整する薬を服用することもあります。
発汗低下
発汗が低下すると、体温調節がうまくできなくなります。特に高温多湿な環境を作らないように注意が必要です。
発汗低下と同じように、唾液や涙の分泌量が減少しますので、口が渇かないように十分に水分を取り、目が乾いた場合には点眼薬を利用します。
尿閉・尿失禁・便秘
- 尿閉に対しては、必要に応じて、自分で膀胱にカテーテルを挿入する方法が取られます。1日に数回、尿道からカテーテルを挿入して尿を排出しますが、多系統萎縮症が進むと、カテーテルの挿入が困難になりますので、尿道カテーテルを1日中留置するか、膀胱ろうという管を造設することになります。
- 尿失禁に対しては、膀胱の筋肉を弛緩させる薬が処方されます。
- 便秘には、食物繊維を多く含む食事を取ることが大切です。下剤や浣腸を利用することもあります。
睡眠時無呼吸症候群
簡易呼吸補助器 (CPAP) などを用います。
食事に関しては、多系統萎縮症では嚥下障害を有する人が多いので、飲む込み易いものをゆっくりと時間をかけて摂取します。病気が進行すると、呼吸チューブや栄養チューブが必要となります。
多系統萎縮症の睡眠呼吸障害について
多系統萎縮症(MSA)では、症状が進行すると「ロバのいななき」と形容される高音の特徴的ないびきがでてくることがあります。これは喉頭喘鳴と呼ばれ、睡眠中に息を吸うときに声帯が狭くなる声帯開大全が起こり、睡眠時無呼吸症候群の原因となります。
多系統萎縮症による睡眠中の突然死が、この声帯開大全による睡眠時無呼吸症候群に起因している可能性が指摘されています。
新潟大学では、気管切開術やNPPV(気管チューブ、気管切開チューブなどを留置せず、マスクやヘルメットを用いて口や鼻を覆い、上気道から陽圧換気を行う方法)によって睡眠中の血液酸素濃度の低下を改善し、大きな「いびき」や喉頭喘鳴を消滅させて多系統萎縮症(MSA)の突然死防止を目指した臨床スタディーが行われています。
看護師からひとこと
現在、多系統萎縮症(MSA)の根本的な治療法は確立されていませんが、治療に向けての研究は日々すすめられています。様々な病状に対して薬剤を服用して症状を緩和したり、合併症を防いだりすることもできます。
運動機能の低下を少しでも遅らせ、日常生活を維持するために、リハビリテーションも重要な治療法となっています。
また、多系統萎縮症(MSA)は医療費の補助が受けられるほか、介護や福祉サービスを利用することができます。詳しい内容はお住まいの市町村の福祉関連部署へご相談ください。
まとめ
多系統萎縮症についてまとめると、次のようになります。
特徴
50歳代での発症が多くなります。症状はパーキンソン病と似ているものが多いのですが、パーキンソン病の治療薬は多系統萎縮症に対して持続的な効果は見られません。
研究
東京大学では、多系統萎縮症の患者に多量のコエンザイムQ10を投与して効果を見る研究が行われていて、東京医科歯科大学では結核の薬を利用した臨床試験が進められています。
多系統萎縮症の患者の突然死に関しては、睡眠時無呼吸症候群との関連が指摘されており、新潟大学で研究が進められています。
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